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内容 |
| NO,1 |
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【裏】ヒクソン・グレイシー 道場スパーリング
1992年(平成4年) 「ヒクソン・グレイシー プライベート・セミナー」 (アメリカ・シカゴ)
この映像は、ヒクソン、ホイスがメジャー・デビューする前の1992年(平成4年)にヒクソンがアメリカのシカゴで開催した「プライベート・セミナー」を撮影したものである。時間は約2時間。そしてセミナーの最後は、参加者全員とヒクソンとのスパーリングだ。参加者はだいたい20数名といったところ。その全員とスパーリングするのはなかなか大変だ。しかしスパーリングといっても、寝技だけのスパーリングである。ヒクソンのマウントや、得意のチョーク・スリーパーなどが見られる。(120min) |
| NO,2 |
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【表】木村政彦vsエリオ・グレイシー マラカナンの決闘
1951年(昭和26年)10月 木村政彦vsエリオ・グレイシー (ブラジル リオ・デ・ジャネイロ マラカナンスタジアム)/『グレイシー柔術 IN ACTION1』 60min VHS /発売:蓋世企画
木村34歳、エリオ42歳、体重は木村93sに対してエリオ63sとなんと30sもの差があった。あまりに体重差がある為、当初木村はエリオと闘うつもりはなかったようだ。エリオは木村と共に日本から来た柔道の加藤五段と柔術マッチで闘うことになる。1戦目はフルラウンド闘って引き分け、2戦目は、エリオが加藤を絞め落として勝利した。そして迎えた木村との大一番。試合場はサッカー場で約3万人の観衆が集まり、時のブラジル大統領も観戦に訪れた。フィニッシュは木村がエリオにアームロックを決めて勝っている。 |
| NO,3 |
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【表】佐山サトルvsM・コステロ 異種格闘技戦
1977年(昭和52年)11月14日 格闘技大戦争 (東京・日本武道館)
”これがマーシャルアーツだ”『格闘技大戦争』に、当時新日本プロレスの一若手レスラーだった19歳の佐山サトル(初代タイガーマスク・佐山聡)が出場、全米プロ空手ミドル級1位のマーク・コステロと異種格闘技戦を行った。この試合は異種格闘技戦といっても、マーシャルアーツルール。プロレスラーが他の格闘技のルールに挑むのは、これが史上初であった。結果は佐山の惨敗だった。 |
| NO,4 |
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【表】イワン・ゴメスvsウイリアム・ルスカ
第二のマラカナンの決闘
1976年(昭和51年)8月 (ブラジル・リオデジャネイロ・マラカナン体育館)
”バーリトゥードの雄”イワン・ゴメスと”柔道王”ルスカとの壮絶な喧嘩マッチ。ゴメスの掌底やヒザ蹴りがルスカの顔面に炸裂。怒ったルスカは右ストレートを放ち、これがゴメスの右目上にヒットし、大流血になった。(試合後9針縫う) 最後はゴメスのチョークスリーパーが決まったが、エプロンだったため、ゴメスのリングアウト負けの裁定となった。この試合は、本来プロレスルールの予定だったのだろうが、実際の内容はバーリトゥードとなった。猪木が後日(1995年)この試合について、「今のアルティメットみたいな闘いだった」と語っている。この映像は、当時の「ワールド・プロレスリング」でダイジェストで放映されたもので、1分30秒ほどの短いものである。是非ノーカット版を見てみたいものだ。 |